8月17日〜24日(日本25日) 

8月17日
7:40登攀開始〜11:30TOPOUT〜13:00下山開始〜16:00CAMP4着
朝はゆっくりと6:30くらいに起床。
33P目:赤澤。簡単なC1のエイドから5.5のクラックを登る。これまたちょっぱいグレードで、絶対5.5以上あるなと思いながら登る。ハング下まで。
34P目:高橋。ハングを横から越して、5.9スクイズチムニーへ。ひでさん曰くスクイズではなくオフィズスだという。中に入って登っていくと頭がつっかえて外に出ざるおえなくなるらしい。かなり苦戦したようだ。最後までお疲れ様です。ユマーリングして追う。ハング下から一気に外側に出たのでバァーっとバーティカルな世界が広がる。下を見るとはるか下に取り付きが見え、後ろにはカシードラルロックが見える。そして上には残り少しの岩壁と青空のみだ。広いテラスへ。
35P目:高橋。ちょっとの間二人で落ち着いてからひでさんがリード。ロープがどんどん出て行く。そして「イヤッホー!!」という声が。僕も笑いがこぼれる。そして最後のユマーリング。心臓がドキドキする。ひでさんの姿と共に平らな地面が見えた。その地面に立ち、精一杯大きな声で「イヤッホー!!やったぞー!!!やったーー!!!!!」と叫びまくる。ひでさんとピョンピョン跳ねながら抱き付き合い喜びまくる。ついにやった。サラテを登ったんだと心の中で何回も自分に言い聞かせた。写真をとりまくる。他に人はいなかったので、ホールバックを逆さにし、その上にカメラを乗せ、セルフタイマーで撮る。最高の気分だ。
しばらくの間休む。余った水で頭を洗ったり、残りのクリフバーを食べたりしながらダラダラ片付け。やく8マイル(9.8kmくらい)のCAMP4へのトレイルを歩き始める。久しぶりに歩行という行為をするのでなんか不思議な感じがした。遠くにハーフドームが見え、手前にはセンチネルロックが見える。あれもあれもこれも登っちゃったよ!と二人で話しながら歩いた。帰りはハーフドームの時と同様に長く、永遠に感じた。約三時間でキャンプ4へ着。疲れ果てた。7番のバスストップでバスに乗り、カリービレッジへ。バスの中のクライマーに「サラテに登ったのか!シャワーしてスッキリしないとだな!」といった感じのことを言われる。その通りに、カリービレッジで片付けてからシャワーへ。あぁ……全てが洗われる……。すっきりした後、酒やらツマミやら牛乳やら色々買い込み、食べまくり、飲みまくる。本当に疲れた。でも登れたんだ。体はかなり痩せて締まったようだ。夜10:00前になつかしのバッパーへ行き、テントの中で久しぶりに寝た。

8月18日
今回の遠征の最大の目的を達成し、というか計画書以上の結果を残せたことに我々は大満足。アブミを2つ、ヘドラ1つ、ひざパッド1個、カラビナ1枚、エイリアン青を壁の中で落としたこと、食料を盗まれたこと以外はほぼ順調に進んだ。ちなみな僕は他に、タオル、ハブラシ、長そでも地上で無くした。とにかく無事遠征を終えることができそうで嬉しい。残りの5日はじっくり休み、ハーフドームの下降路でちょっと目にした滝でも見に行く予定だ。クライミングはやりたくなったらやる予定。

8月19日
特に何もしない。「ブレイブストーリー」中巻を読み終えた。

8月20日
今日は午前中はダラダラ過ごし、昼過ぎから滝を見に行く。ヴァーナル滝という滝でとてつもなく大きく、周辺には霧が立っているためそこの道はMist Trailと呼ばれている。空身でテクテク歩きすぐ到着。ハーフドームの時のことを思い出しながら歩いた。滝の上のほうは巨大なエメラルド色をしたプールのような所で、そのまた上にはだだっ広いナメが広がっている。ビーサンに履き替えナメの側で遊ぶ。僕は向こう岸へナメをトラバース。結構水量は多い。そして、再びトラバースして元の場所へ戻ろうとした、その時、足を滑らせ滑り台のようにナメをどんどん滑っていく。最初は楽しんでいたが段々笑えなくなってくる。左岸にある木の枝をつかもうとしても虚しく滑るだけだ。下にはプールが見えるが、プールの抜け口には少々岩も見える。「ヤバイ…」と思いながらどうすることもできず、プールへドボン!岩に少しぶつかったが大事には至らなかった。危ねー!!途中で流された帽子とビーサンを近くで泳いでいる人に拾ってもらう。もちろんひでさんに怒られる。ザックを背負っていたので中のパスポートやら財布やらも濡れてしまった。ホントすいません…。バカなことをした。ナメをなめ過ぎた。もっと慎重にトラバースすりゃよかった、というか何もしなけりゃよかった。岩の上で物を乾かしていると足にかなりの擦り傷があることに気付く。打撲もしたようだ。「この程度で済んでよかった。」ひでさんへの申し訳なさと、自分の甘さに凹みながら帰路に着く。これじゃ全くレスト日になってない。
夜カリービレッジでいつにも増して飲んでいると(というか飲まなきゃやってられん)、隣の家族と話し込んでしまい、僕らの今までの写真を見せると楽しんでくれた。お母さんは常に爆笑していた。明日一人娘のエヴァをロッククライミングスクールへ行かせるのだという。頑張ってすごいクライマーになってね。今回の遠征の初のアクシデントは岩ではなく沢で起きたのだった。

8月21日
今日は昨日から決めていたように、ミドルカシードラルロックの「Central Pillar of Frenzy」を登る予定だった。5Pのマルチピッチだ。ところが、僕の左足の甲の打撲が思った以上に痛みを増し、中止となってしまう。これで僕らのヨセミテでのクライミングの幕は閉じた。はぁ…なんて微妙な終わり方なんだ、と凹む。ひでさんすいません。というわけで、23日の正午のヨセミテ出発までずっとレストになった。今日もいつものようにレストランでコーヒーを飲みながら、買ってきたパンとソーセージでホットドックを作り食べる。ひでさんは勉強。暇だ…。夕飯の時に昨日話した家族に再び会う。今日撮った写真を見せてくれた。次はハーフドームを登るよ!と言っていた。アメリカンジョークなのだろう、とりあえず笑っておく。今日もクライミングしたのかい?と聞かれ、英語で説明するには恐ろしく難しい状況を頑張って説明した。傷を見せ、スリッピングオンザリバー!と繰り返す。おそらく相手はこう思っていたに違いない。「あ〜。今日のクライミングで滑ってケガしたのか、かわいそうに…。しかしなんでこの子は何度も、川!川!と叫んでいるのだろう。まさか川で滑って怪我するわけないし。まぁ、そういう名前のルートがあるんだろうな。うん。」
バッパーに帰るが、自分のスタッフバックを酔っ払ってバスストップに置き忘れてきたことに気付き、歩いて戻り帰って就寝。

8月22日
一日中暇なので遅起きすればいいものを、週間で7:30には起きてしまう。今日二人で一日自由行動とする。ひでさんはレストランで勉強というすばらしい暇つぶしをしていることだろう。とりあえず僕は、「ブレイブストーリー」を読破する。さてどうしたものか…。あまりに暇すぎたので、CAMP4のボルダーへ一人で遊びに行く。薬指と左足が痛くてあまり登れなかったがいい暇つぶしになった。クラックのボルダーもあり、見てるだけで面白かった。夜にいつもの所でメシを食べているとまたあの家族がやって来た(完全に行動パターンが読まれている)。今日は6Pのマルチピッチをやってきたらしい。「ヒールフックでハングを越えたよ!」と嬉しそうに話してくれた。女の子は「最後のピッチが難しかったわ。」と言っていた。かわいいな。楽しかったようで何より。でも初心者で二日目にもう6Pのマルチやるなんてすごいなぁ…。と思った。最後の晩餐が終わり、バッパーへ。これでラストだなと思いつつ寝る。ちなみに今日21歳になった。

8月23日
朝起きてカリービレッジで朝食後荷造り。ザイル一本無くなったので多少は軽くなった。12:00にヨセミテロッジから出るバスを待つ。ところがYARTSの人がやってきてバスは16:45に出ると言う。どうやら僕らがチケットを所持してる一ヶ月の間にダイヤが変わったようだ。はぁ…、まだ待つのか…。そして16:45にようやく出発。今まで登ってきた岩壁を見ながらヨセミテに別れを告げる。GOOD BYE!その後、バス〜電車〜バスで24:00過ぎにMOSSER HOTELに到着。長かった。久しぶりのベッドだ。明日はついに帰国の日。早く日本に帰りたい。

8月24日(日本:25日)
朝食はあまったBP。うぅ、胃がもたれる。ホテルからタクシーでフォースキングストリート駅へ行き、カルトレインに乗る。サンタクララ駅で下車し、空港入り口までfreeのバスで。チェックインを済ませ、搭乗口でひたすら待ち。ちなみに手荷物検査の時にお土産のひとつのハーフドームの置物が没収されてしまった。どうやら中に入ってる水がダメらしい。くそー!!仕方なく捨てることに。ドラクエで持ち物が一杯なのに重要なアイテムを拾ってしまい、他のいいアイテムを捨てなければならない時と同じ感覚を覚えた。飛行機は遅れており13:05に飛ぶようだ。はぁ、もう待つのには飽き飽きだ。面白いことと言えば僕がスターバックスのフィリピンの姉ちゃんに、名前をルイージ(“よういち”がそう聞こえたらしい)と間違えられたことくらいだ。その後、フィリピンにはどうやって帰るの?と質問された。
ついにアメリカを出発し、10時間くらいのだるい時間をすごし、日本に現地時間の15:45に到着。やはり日本はいい。部室に着き、ついに遠征終了。ヨセミテ…本当に行ってよかった。素晴らしい一ヶ月であった。

記:赤澤